【現代の広島】女子サッカーの原点は「似島のドイツ兵」にあり?100年前の戦術エピソードを紐解く

第一次世界大戦のころのサッカーの試合 スポーツ
戦前のサッカーの試合

2026年、皇后杯女王となったサンフレッチェ広島レジーナが見せる緻密なパスワーク。その戦術のルーツを辿ると、100年以上前の広島湾に浮かぶ「似島(にのしま)」に行き着くことをご存知でしょうか。

「現代の広島」がサッカー王国として君臨し、特に女子サッカーにおいて知的なスタイルを確立している背景には、第一次世界大戦時に似島へやってきたドイツ兵たちが残した「戦術の種」がありました。

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1919年、似島で披露された「知略としてのサッカー」

1919年(大正8年)、似島の捕虜収容所にいたドイツ人チームと、広島の学生チームの間で親善試合が行われました。当時の日本サッカーは「力いっぱいボールを蹴り、全力で走る」というスタイルが主流でした。

しかし、ドイツ兵たちが披露したのは、当時の日本におけるサッカーの常識を覆すような、極めて「頭脳的なプレー」の連続だったのです。

ドイツ兵から教わった具体的な4つの戦術エピソード

ショートバス
ヘディング

当時のドイツ兵たちは、自分たちよりも若く体力のある日本人学生に対し、以下のような具体的な戦術を駆使して対抗しました。

  • 「ショートパス・コンビネーション」: ドリブル突破に頼るのではなく、短いパスを正確に繋いで組織で崩す。
  • 「ポジショニング」の概念: 闇雲にボールを追わず、各自が役割に応じた位置取りを行い、効率的に動く。
  • 「オフサイド」の活用: 戦術的にルールを利用し、相手の攻撃を無力化する知的な守備。
  • 「空中戦(ヘディング)」: 当時は珍しかった頭でのコントロールを伝え、攻撃に立体的なバリエーションを持たせた。

「現代の広島」女子サッカーに息づく似島のDNA

この100年前の戦術エピソードは、単なる歴史の1ページではありません。似島で指導を受けた学生たちは、後に広島県内の学校や地域クラブで指導者となり、この「組織で戦うスタイル」を根付かせました。

この教えは、以下のような形で現代の広島女子サッカーへと継承されています。

  1. 体格差を補う技術: 世界と戦うなでしこジャパンや、国内を制したレジーナに見られる「小柄でも技術と知恵で勝つ」思想。
  2. 育成年代からの高い戦術理解: 広島文教高校やAICJ高校など、強豪校が伝統的に重視する「知的なパスサッカー」。
  3. 地域の一体感: 捕虜と市民がサッカーを通じて交流した歴史が、現在の「街全体でチームを支える」温かい応援文化の土壌となった。

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まとめ:似島から繋がる未来へのパス

「現代の広島」で女子サッカーを観戦する際、選手たちの鮮やかな連動性や、一瞬の隙を突くパス回しに注目してみてください。そこには、100年前に似島でドイツ兵たちが伝えた「サッカーの本質」が色濃く残っています。

戦争という厳しい歴史の中で生まれた、ドイツと広島の戦術的な絆。それが今、女子サッカーという形で最高峰のエンターテインメントとして花開いているのです。


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