知られざる歴史:なぜ広島空港は市街地から遠いのか?旧空港の変遷と現在の姿

歴史

「広島空港って、なんであんなに街から離れているんだろう?」

そう思ったことはありませんか?広島に住んでいる人や、出張、旅行で利用する人なら誰もが一度は感じる疑問かもしれません。実は、その答えは広島がたどってきた航空の歴史に隠されています。

現在の広島空港がある三原市本郷町は、開港から30年以上が経過しました。しかし、その前には広島市西区に「初代広島空港」が存在していました。今回は、新旧二つの空港の物語を紐解き、広島の「空の玄関口」の知られざる歴史を旅してみましょう。

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初代広島空港の時代:街のすぐそばにあった利便性

現在の広島市西区観音地区。この場所に、かつて初代の広島空港がありました。当時は市街地から車で約15分というアクセスの良さが最大の魅力でした。しかし、高度経済成長期を迎え、航空機の大型化やジェット化が進むと、いくつかの問題に直面します。

  • 滑走路の長さの限界:大型機に対応できるだけの十分な滑走路の長さを確保できませんでした。
  • 騒音問題:住宅地に近接していたため、周辺住民への騒音問題が深刻化しました

これらの課題は、当時の空港の場所では解決が難しく、より広い敷地が必要となりました。


新しい空港の誕生:移転という選択

利便性と引き換えに、空港の未来を確保するため、広島市から東へ約50km離れた三原市本郷町に新空港を建設する計画が進められました。そして1993年10月、現在の広島空港が開港します。

この移転によって、街から離れるというデメリットと引き換えに、以下の大きなメリットがもたらされました。

  • 滑走路の拡張:国際線や大型機の就航に必要な長い滑走路が確保でき、利便性が飛躍的に向上しました。
  • 騒音問題の解消:市街地から離れたことで、周辺住民への騒音問題が解決されました。
  • 国際的な拠点へ:これにより、広島空港は単なる国内線のハブではなく、国際線も多数就航する本格的な「空の玄関口」へと成長を遂げることができました。

旧空港はその後、「広島西飛行場」と名称を変え、コミューター路線などを運航していましたが、次第に利用客が減少し、2012年に定期便の運航を終えました。

これが、広島空港が街から遠い理由です。現在の広島空港が、国際的な拠点として機能しているのは、この移転があったからです。


広島西飛行場の今:平和と防災の拠点として

定期便の運航を終えた広島西飛行場の跡地は、現在もその役割を終えたわけではありません。

現在は「広島ヘリポート」として、主にヘリコプターが発着する拠点となっています。このヘリポートは、単なる交通拠点ではなく、非常に重要な役割を担っています。

  • ドクターヘリの拠点:緊急医療を必要とする患者を迅速に搬送するドクターヘリの基地として機能しています。
  • 防災活動の拠点:大規模災害時には、救援物資の輸送や被害状況の把握など、防災活動の拠点として活用されます。
  • 警察・報道ヘリの発着場:警察や報道機関のヘリコプターも利用しており、市民の安全や情報提供に貢献しています。

空港の歴史から見えてくる、広島の姿

広島空港の歴史は、街の発展と共に歩んできた物語です。旧空港の利便性と新空港の機能性を比べると、当時の広島が直面していた課題や未来に向けた大きな決断がわかります。

広島空港は、これからも国内外の人々を迎え入れ、広島と世界をつなぐ「空の玄関口」として、その役割を果たし続けていくことでしょう。そして、街から少し離れたその場所には、広島の空の歴史が今も息づいています。

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