「ソースの日」に再発見!広島お好み焼きのルーツ「一銭洋食」とは?

〇〇の日

11月7日は「ソースの日」。寒い季節の始まりに、ソースを使った料理を楽しんでもらいたいという願いが込められた記念日です。

広島といえば、やはりお好み焼き。この日を機に、私たちが愛してやまない広島お好み焼きが、一体どこから来たのか、そのルーツを再発見してみませんか?

私たちが知る「広島お好み焼き」の原点には、**「一銭洋食(いっせんようしょく)」**という、戦前・戦後に愛されたソウルフードがありました。


「一銭洋食」ってどんな食べ物?

「一銭洋食」とは、明治から大正時代にかけて関西地方で広まった、小麦粉を水で溶いて薄く焼き、ネギや肉などの具材を乗せて、ソースを塗って食べるシンプルな粉もの料理です。

名前の通り、一枚が一銭(当時は大変安価)で食べられたことからこの名が付きました。

当時の子どもたちのおやつや、庶民の安価な食事として親しまれ、そのスタイルは全国に広がり、広島にも伝わりました。

現代のお好み焼きとの大きな違い

現代の広島お好み焼きと比べると、「一銭洋食」は以下のような違いがあります。

  • 具材がシンプル:キャベツやネギが中心で、肉は入らないこともありました。
  • 麺が入らない:そばやうどん(麺類)を入れ始めたのは、戦後の食糧難時代以降です。
  • クレープのように薄い:現代のような何層にも重ねるスタイルではなく、生地は非常に薄く、平面的でした。

広島での進化:戦後から「お好み焼き」へ

一銭洋食が広島で独自の進化を遂げた背景には、戦後の広島の状況が深く関わっています。

麺の登場と具材の豪華化

戦後、安くて手に入りやすいメリケン粉(小麦粉)とキャベツが主役となり、栄養を補うために、次第に**ゆでた中華そば(麺)**が加わるようになりました。

また、鉄板の上で具材を混ぜずに重ねて焼く**「重ね焼き」**のスタイルが確立され、これが現在の広島お好み焼きの原型となりました。

お好みソースの誕生

そして、何よりも欠かせないのがソースです。

当時は、ソースが「洋食」の象徴であり、手軽に洋風の味を楽しめるソースは、庶民の憧れでした。一銭洋食から続くこの文化を背景に、お好み焼きの味わいを深める**メーカー独自の甘く濃厚な「お好みソース」**が次々と誕生し、広島の食文化の基盤を築きました。


まとめ:ルーツを知れば、お好み焼きはもっと美味しい

「ソースの日」をきっかけに、広島お好み焼きのルーツである「一銭洋食」の歴史に触れることで、いつも食べているお好み焼きが、ただのB級グルメではなく、広島の歴史と知恵が詰まったソウルフードであることが再認識できたのではないでしょうか。

次にソースの香りが漂うお好み焼きを食べる際は、戦後の人々の工夫や、ソース文化への想いに少しだけ思いを馳せてみると、その美味しさは一層深まるかもしれません。

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