歓喜の叫びが染み込んだ「コンクリート」|地下に眠る旧市民球場の記憶

土台 建物
土台

広島市民球場跡地(ひろしまゲートパーク)の足元の地中には、江戸時代の遺構とはまた別の、大切な歴史の証人が眠っています。それは、半世紀以上にわたって広島東洋カープの激闘を支え、市民の誇りであった「旧広島市民球場」自体の基礎構造です。

2010年に惜しまれつつ解体された聖地ですが、その魂は今も地面の下でしっかりと街を支えています。


地面の下に遺された「巨大な土台」の正体

旧広島市民球場が解体された際、地上に見えていたスタンドや照明塔はすべて取り壊されました。しかし、実はすべてが消え去ったわけではありません。

再開発の過程で改めて確認されたのは、数万人の観客が躍るスタンドを支えていた、分厚く巨大なコンクリートの基礎(フーチング)です。戦後、復興のシンボルとして建設された球場の土台は、驚くほど強固に作られていました。一部は撤去されましたが、その多くは今も地下に留まり、新しい公園の地盤を支えています。

旧市民球場の「面影」を感じる3つのポイント

現在は新しい公園に姿を変えていますが、当時の記憶を呼び起こすヒントが各所に隠されています。

旧球場の「配置」を再現したデザイン

現在の「勝鯉の森」周辺や中央広場には、かつてのホームベースやピッチャーマウンド、ダイヤモンドの位置をタイルや舗装で表現した箇所があります。足元を見るだけで、当時の熱狂の距離感を感じることができます。

「勝鯉(しょうり)の森」に残る歴史

公園の一角にある「勝鯉の森」には、カープの優勝記念碑や衣笠祥雄さんのレリーフなどが大切に受け継がれています。この場所は、まさに旧球場が存在した場所であることを示す「記憶のアンカー」となっています。

受け継がれる「ライト外野席」の記憶

公園内のカフェやショップが並ぶエリアは、かつて多くのファンがスクワット応援を繰り広げたライトスタンド付近に位置しています。地下に眠る基礎の上に、新しい賑わいが積み重なっているのです。


「消えた」のではなく「土台」になった

旧市民球場が解体される際、多くのファンが別れを惜しみました。しかし、物理的にその一部が地下に残されたことは、ある意味で非常に象徴的です。

広島の街が戦後復興を成し遂げる過程で、市民に勇気を与え続けた球場の土台。それがそのまま、新しく生まれ変わった公園の土台として、今も街の賑わいを支えているのです。


ひろしまゲートパークの広場を歩くとき、ふと足元を意識してみてください。そこにはかつて、山本浩二さんや衣笠祥雄さんが躍動し、市民がメガホンを叩いて声を枯らした「聖地の名残」が、今も確かに息づいています。


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