戦火を乗り越え、未来へ繋ぐ。広島の電話開通と復興の物語

〇〇の日

毎年12月16日は「電話創業の日」。1890年(明治23年)に東京と横浜で電話交換業務が始まったことに由来する記念日です。

この日をきっかけに、私たちは広島の地に電話の灯がどのように灯り、そして、あの激しい戦火の中で通信インフラがどのように打ち砕かれ、いかにして驚異的なスピードで復興を遂げたのか、その壮大な歴史を紐解きます。

現代の広島の活発な通信インフラは、先人たちの不屈の精神と努力によって築かれたものです。この記事では、広島の「電話開通物語」を追いながら、その復興の歩みと、現代へと受け継がれる技術の軌跡を辿ります。

※この記事に掲載している画像はイメージです。実際の団体、個人、店舗、商品などとは異なる場合があります。


広島に電話がやってきた!明治・大正時代の開通秘話

電話の開通は、地域の情報伝達とビジネスを大きく変える文明開化の象徴でした。

東京・横浜での創業(12月16日)から遅れること数年、広島でも電信に続き電話のサービスが開始されました。初期の利用者は官公庁や軍事施設、そして一部の裕福な商家などに限られていましたが、これは広島が西日本の交通・軍事・経済の要衝であったことと深く関わっています。

🔹 広島における電話の初期段階の特徴

  • 時期: 明治後期から大正時代にかけて、徐々に電話加入者が増加。
  • 場所: 広島駅周辺や中島本町(現在の平和記念公園付近)などの中心市街地に交換局が設置され、サービスが拡大していきました。
  • 用途: 主に商業取引公的な連絡に用いられ、一般家庭への普及はまだ先のことでした。

原爆投下による通信インフラの壊滅的な被害

1945年(昭和20年)8月6日、原子爆弾の投下は、広島の街を一瞬にして焼き尽くしました。この時、人々の暮らしだけでなく、街を支える通信インフラもまた、壊滅的な打撃を受けました。

爆心地周辺に位置していた当時の電話交換局や電信局の建物は倒壊・炎上し、通信ケーブルのほとんどが切断されました。これにより、広島市内はもちろん、外部との連絡もほぼ途絶。市民の安否確認や、被災状況の情報収集は極めて困難な状況となりました。

🔹 被爆直後の通信状況

  • 電話交換機: ほぼ機能停止。
  • 建物: 多くの電信・電話関連施設が全壊・半壊。
  • 通信手段: わずかに残った軍用回線や、焼け残った区間の電線を使った応急的な伝送に頼るしかない状態でした。

不屈の精神:奇跡的な電話・通信の復興劇

戦後、焦土と化した広島において、「通信」の復旧は人々の精神的な復興、そして行政・経済の再建に不可欠な最優先課題でした。

通信事業に従事していた技術者や職員たちは、自らも被災しながらも、不屈の精神で復旧作業に取り組みました。

瓦礫の中から使える部品を探し出し、手作業でケーブルを繋ぎ直し、最低限の通信回線を確保する。この驚くべき努力が、広島の復興の第一歩を支えました。

終戦からわずか数日後には、市内の重要拠点間での臨時回線が、数週間後には外部との一部の通信が、そして数ヶ月後には徐々に電話サービスが再開されていきました。

これは、当時「逓信省」(現在の総務省や日本郵政グループ、NTTグループの前身にあたる省庁)を中心とした復旧体制と、職員たちの使命感の賜物と言えるでしょう。


現代に息づく「電話創業の日」の精神

広島の通信史を語る上で、NTT西日本とその前身である日本電信電話公社、そしてさらにその前の組織の貢献は欠かせません。

彼らは単にインフラを復旧させただけでなく、戦後の高度経済成長期を経て、ダイヤル式の自動交換機への移行、光ファイバー網の整備に至るまで、常に最先端の技術を広島の地に導入し続けてきました。

時代広島の通信の進化(概略)
戦後初期焼け跡からのケーブル再接続、応急の交換機による復旧。
高度成長期全国的なダイヤル化、電話の一般家庭への急速な普及。
現代光ファイバー(FTTH)による高速インターネットの普及、5G/6Gへの移行。

史跡探訪:歴史を伝える場所

広島の通信の歴史は、街のあちこちに残されています。

歴史的な建物の多くは失われましたが、復興の歴史を今に伝える資料館や建物を訪れることで、その精神を感じることができます。

  • 広島平和記念資料館
    • 被爆当時の広島の街の様子、そして通信インフラの被害状況の一端を知ることができます。
    • 所在地:〒730-0811 広島県広島市中区中島町1番2号
    • 電話番号:082-241-4004
  • NTT西日本十日市ビル(旧広島中央電話局西分局)
    • 1937年竣工の建物で、爆心地から比較的近距離で被爆しましたが、倒壊を免れました。戦後、電話局の復旧拠点の一つとして重要な役割を果たした被爆建物です。
    • 現在はNTT関連の営業所として使用されており、当時の外観は改修されていますが、その躯体は激しい戦火を乗り越えた歴史を今に伝えています。
  • (参考)各地の郷土資料館: 広島市や県内の各自治体の郷土資料館では、電話が普及し始めた当時の人々の生活様式や、古い電話機などの展示を見つけられることがあります。

終わりに

電話創業の日(12月16日)から始まった広島の通信の歴史は、「失っても必ず立ち直る」という不屈の精神の物語です。

瓦礫の中から通信の灯を再び灯した先人たちの努力が、今の私たちが享受するスムーズで高速な情報社会を支えています。

この記念日を機に、私たちが何気なく使っているスマートフォンの先にある、広島の熱い復興の歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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